
北海道函館のトラピスト修道院の子院として創立。
祈りと労働を中心とした自給自足に近い生活を送っており、院内の見学などは出来ない。
手作りのクッキーやジャムなどが有名。

昭和12(1937)年に近藤氏が建てた和洋折衷様式の住宅。
後年所有していた山本氏の遺言に基づき、文化振興を目的に平成10(1998)年に
財団法人山本清記念財団が設立され、この住宅と彼が収集していた茶道具などの
美術工芸品の展示がなされている(見学は要事前予約)。
平成19(2007)年には、国土の歴史的景観に寄与しているものとして「旧山本家住宅」が
国の登録有形文化財の指定を受けたが、茶室の貸し出しや文化教室の開催など、
文化財を活用しながらの保存がなされている。





西宮市立甲山自然環境センターは、甲山周辺の良好な環境を保全するとともに、市民の
自主的な自然体験活動、環境学習活動及び各種の研修及び交流並びに青少年の健全育成に
関する活動を推進するため設置され、センター内にある学習系の施設がこの二館になる。
「甲山自然の家」は、豊かな自然環境にかこまれて環境学習や自然体験のできる宿泊型の
施設で、宿泊室以外にも研修室などがあり、市民や青少年の研修・交流活動に役立てることができる。
「甲山自然学習館」は、甲山を訪れるハイカーや市民が甲山の成り立ちや四季折々の動植物などを
学んだりできる展示コーナーがある。
またこの建物は国内産木材を利用し、ソーラーパネルによる発電システム、雨水タンクの設置、
クールチューブと越屋根で夏の冷房設備(地中を通して作った涼風を室内に取り込み、暖かい空気を
越屋根から排気する事で夏の冷房に利用する)などを備えたエコハウスで、自然の恵みを生かした
暮らし方などに役立つ情報発信もしている。






明治時代の病気の流行や衛生意識の高まり、冬の酒造期に宮水を大量にくみ上げる事による
井戸の水位低下や濁りなどによって、上水道の必要性が高まっていたため明治45(1912)年に
西宮町会ではじめて水の問題が取り上げられた。
さまざまな調査の後、大正12(1923)年に越水浄水場が開設し、工事費用総額135万円の
半額以上を寄附して計画推進に寄与した辰馬吉左衛門と八馬兼介をたたえる紀徳碑が
大正14年に建てられた。
普段は立入禁止だが、昭和23(1948)年からは春の桜の時期に場内が一般開放され
桜の通りぬけが楽しめる。
この桜は浄水場開設時に町長や有志が寄附して植えられたのが始まりで、昭和28(1953)年には
笹部新太郎氏によってソメイヨシノにかえて山桜や枝垂桜などを植えるよう指導や管理がなされ、
現在は多品種の桜を一度に見ることのできる市内随一の場所となっている。
浄水場という施設の性質上、場内での飲食は禁止となっているが、浄水場西門横の
震災記念碑公園であれば桜を見ながら飲食する事も出来る。







ニテコ池の北西にあり現在は広田神社の摂社となっている小さな神社だが、
平安時代の書物『延喜式』にも名が見える古い神社である。
社殿の横に「上総国浦々、西宮講中、正徳五乙未歳正月吉日」(1715年)と背面に刻まれた
石の祠があるが、これは江戸時代中頃に西宮から関東へ漁に出かけ、またその地に
定住した人々が故郷に奉納したものと考えられる。
現在この祠のまわりには防犯センサーが付けられているので、見学の際には
近づきすぎないよう注意すること。
また、万葉集に「我妹子に猪名野は見せつ名次山津努の松原いつか示さん」(愛する人に
猪名野の風景は見せたから、名次山と津門の松原はいつ見せようか)と読まれている名次山とは
現在の名次神社あたりの場所を指すといわれ、古くから風光明媚な場所として知られていたらしい。






満池谷やニテコ池や震災記念碑公園周辺は現在桜の名所として春先にはとても賑わう。
満池谷火葬場が明治40(1907)年に当時の大社村に開設。
市役所建設や阪神国道(国道二号線)開通などの開発のために六湛寺や海清寺の墓地の移転が
必要となったので、満池谷の墓域を拡大し昭和4(1929)年に当時の日本一の公園墓地が完成した。
ニテコ池は、室町時代に西宮神社の大練塀を作るときに土を掘り出したあとが池となったと伝えられ、
土を運ぶ時の掛け声「ネッテコイ」が「ネテコ」「ニテコ」と呼ばれるようになったいう。
もとは農業用ため池だったが大正13(1924)年からは越水浄水場の施設の一部となっている。







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西宮市大谷町 「東皿池拱梁」 |
芦屋市に近い大谷町と郷免町をつなぐ「大谷道」と呼ばれるマンボウ。
大人が立って歩けるだけの高さはあるが、トンネルの前後の道は周りの道より
急に低く掘り下げられていて少し歩きにくい。
このマンボウは煉瓦積みのアーチ部分が「ねじりまんぽ」といわれる独特な作り方らしく
(現在はシート貼りで補強されているようで見れないらしい)、明治の国鉄開通当時に
作られたものらしい。
ただ、横にある交通安全道造設者名を記した石碑には昭和4年の銘があり、もとからあった
水路を通行用に作り替えたのが昭和4年ではないかと思われる。





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西宮市甲陽園若江町 |
| 開業日 |
大正13(1924)年10月1日 |
阪急電車の中で唯一、階段や段差がなく電車に乗れる珍しい駅のつくりとなっている。
近畿の駅百選にも選ばれている。
駅のそばには東洋一の大公園と呼ばれた甲陽園遊園地があったが昭和初期には衰退し、
その後西宮七園と称される高級住宅地へと変わっていった。
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西宮市石刎町 |
| 開業日 |
大正13(1924)年10月1日 |
かつてあった苦楽園温泉への最寄り駅として開業。
桜の名所夙川公園の花見客が多い一帯である。
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西宮市相生町 |
| 開業日 |
大正9(1920)年7月16日 |
夙川をまたいでホームの一部が架かっている。
桜の名所夙川公園の真ん中辺りにあり、花見の時期には駅周辺は大混雑となる。
近畿の駅百選にも選ばれている。