鳴尾北郷義民碑

 住所 西宮市甲子園三番町
   


安土桃山時代の天正20(1592)年夏、数年来の水不足で苦しむ鳴尾村と瓦林村で
北郷用水をめぐる水争いが起きた。
これは、鳴尾村は瓦林村を流れる川から水を引いていたが、かんばつの時などは
まわしてもらえる水の量が少なく困っていたので、こっそりと地下に水路を作ったため
これが発端となり多数の死傷者が出る大争乱となった。

この事件の処理のための取調べの結果、鳴尾村の北郷用水の利用が認められる一方、
騒ぎを起こした責任を取って鳴尾村25人、瓦林村26人が処刑された。
このときの書状が現在も残っており「豊臣氏奉行衆裁許状」「前田玄以書状」として
市指定文化財となっている。

鳴尾村では江戸時代中期の天明7(1787)年に浄願寺境内に義民碑を建てて
犠牲者の冥福を祈り、昭和18(1943)年には北郷公園に義民碑を建て、
また昭和45(1970)年には八つ松公園に顕彰碑が建てられた。

  


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