2009/09/13
秋晴れの日曜日、広田神社の神饌田の稲刈りがおこなわれました。
お田植えのときのような装束ではないとはいえ、今日も大変な作業です。
まずは稲がどんな風に育ってきたかというと
2009,06,24, 2009,07,26,

2009.08.25. 2009.09.13.

そしてよく実った今日が稲刈りとなりました。
たくさん集まった子供たちは、5月のお田植えで奉仕した早乙女や田童たち、
あと何人か聞いてみた限りでは安井地区子供会で参加しているようです。
まず神事を執り行い宮司さんがはじめの鎌を入れた後、子供たちが鎌で稲を刈っていきました。


神職さんにお伺いしたところ、この土地は以前は畑で数年前に田んぼとして耕作を
始めた場所だからなのか、初めのころは実の付きがあまりよくなかったそうです。
でも年々粒も大きくなって、今年は害虫にもやられずに、立派に実ってよかったと
おっしゃっていました。
まだ、乾燥させてから脱穀するという作業は残っていますが、とりあえず無事に収穫できて
よかったなと思いました。

この新米は11月23日の新嘗祭をおこなってから、神様のへの日々のお供えとして
使われるそうです。 <香苗>
2009/05/31
毎年五月の最終日曜日は廣田神社伝承のお田植え祭りです。
昨夜降っていた雨も朝にはあがり、青空ではないものの見物にはちょうどいいお天気でした。
まずは本殿祭として、神社拝殿で田植えの無事と豊作を祈願します。
お田植行事に参加する子供の家族などが多く来ているようで、カメラやビデオを構えている人がいました。
そのほかにも、一眼レフなどの大きなカメラを構えた人も結構いました。

田植に奉仕する子供たちは、物忌童女(ものいみどうじょ)と呼ばれる巫女姿の女の子は広田・安井小学校の
児童、早乙女(さおとめ)と呼ばれる女の子は大社・平木・上ヶ原などの中学生、田童(たわらわ)と呼ばれる
男の子は広田・大社・安井小学校の児童でした。
今まで田植をしたことはないので前日に少し練習したそうです。
本殿祭が終わってからは、行列を作って神饌田へ向かい、いよいよ田植えです。

田人(たびと)さんたちと一緒に横一列に並んで、後ずさりするように中腰になって植えていきます。
しんどい作業を励まそうと、その横では民謡協会による田植え歌や、能管の独奏や、ブラスバンドによる演奏
などがおこなわれましたが、必死に田植え中の子供たちの耳に入っていたのでしょうか?


ひととおり田植えが終わってから、見物に来ていた子供たちにも田んぼのへりの植え残したところに
あぜの上から手を伸ばして稲を植えさせてくれました。
一時間近くかかって田植えが無事済んだあとはまた行列を作って神社へ戻り、これで終了です。
昔からこうやって稲作が続けられて、日本人は米を食べ続けてきたんだなぁとありがたく思いました。
この苗が大きく育っていくのが楽しみです。
<香苗>
2009/04/19
初夏のような陽気に誘われて自転車で出掛けました。
建石筋をのぼり名次町の交差点を右に曲がると、しばらくして「ニテコ池」に着きました。
「火垂るの墓」の舞台として有名ですよね。
(清太と節子が二人で暮らしていた横穴のある池です)
初めて見るニテコ池は火垂るの墓のイメージとは違いましたが、水道水の貯水池にもなっていて水がとてもきれい。
しっとりと落ち着いた水面に眩しい新緑が影を深く落としていました。

広い空、甲山に連なる六甲の山並み、そして静かな水面。
豊かな気持ちにさせてくれる幸せな光景です。

次に目指すは広田神社。
暑くなってきたので上着を脱いで颯爽と愛車に跨る。
目の前に立ちはだかるのは急坂。自転車を降りて坂を上り、
自転車に乗って急坂を下り、広田神社の参道に着きました。
広田神社周辺には県の天然記念物にもなっている
「コバノミツバツツジ」が群生しています。
桜と同じように花が咲いた後に葉が出てくるツツジのようで、咲く時期も桜と同じころなのでしょうか。
少し見頃は過ぎていたようですが、きりっとして鮮やかな花を楽しむことができました。

周囲の裏山は散策路も整備されていて、この時期は森林浴に最適。マイナスイオンのシャワーをしっかり浴びられますよ。

今日も感じたのは、西宮の「心地よさ」。
「いい町だよな」としみじみ思いました。
(風)