さくらやまなみバスで行く船坂・山口
まち歩きおすすめコース
さくらやまなみバスで行く船坂・山口
西宮南部と山口町・有馬を結ぶ新しいルートが平成21年4月に誕生しました。「さくらやまなみバス」に乗って、西宮の北部へ足をのばし、四季折々の風情を楽しんでみませんか。バスは白い車体にさくらのピンクと山並みのグリーンのかわいいデザイン。山口町へは「名来・有馬系統」「北六高台・金仙寺系統」のどちらでも行ける。
(但し、金仙寺湖へは「北六高台・金仙寺系統」のみ)
(但し、金仙寺湖へは「北六高台・金仙寺系統」のみ)

阪急西宮北口
阪急バスのバス停①
「名来・有馬系統」「北六高台・金仙寺系統」
JR西宮・西宮市役所前・西宮戎(阪神西宮駅北)・JRさくら夙川・阪急夙川経由
(西宮市役所前 西宮戎(阪神西宮駅北)の二つのバス停は、阪神バスのバス停を使っていますのでご注意ください。)
「名来・有馬系統」「北六高台・金仙寺系統」
JR西宮・西宮市役所前・西宮戎(阪神西宮駅北)・JRさくら夙川・阪急夙川経由
(西宮市役所前 西宮戎(阪神西宮駅北)の二つのバス停は、阪神バスのバス停を使っていますのでご注意ください。)
阪急バス
西宮北有料道路(盤滝トンネル)を抜けるとすぐ船坂交差点。
「舟坂橋バス停」はこの交差点のすぐ西側。このバス停が船坂散策の拠点。
標高300~400mの山間地で、段々畑や茅葺屋根の民家など、里山の風景に出会える。
六甲からの水と美味しい空気、標高という地の利で野菜やお米が美味しい。
昔は標高の高さによる寒冷な気候を利用して、寒天作りが盛んであった。
また、パセリの出荷が盛んだった事もある。すぐ隣で採れた野菜などの直売所で、新鮮な野菜が買えるのもうれしい。
船坂川沿いにカフェやレストランも増えてきている。夏にはホタルも見える。
「舟坂橋バス停」はこの交差点のすぐ西側。このバス停が船坂散策の拠点。
標高300~400mの山間地で、段々畑や茅葺屋根の民家など、里山の風景に出会える。
六甲からの水と美味しい空気、標高という地の利で野菜やお米が美味しい。
昔は標高の高さによる寒冷な気候を利用して、寒天作りが盛んであった。
また、パセリの出荷が盛んだった事もある。すぐ隣で採れた野菜などの直売所で、新鮮な野菜が買えるのもうれしい。
船坂川沿いにカフェやレストランも増えてきている。夏にはホタルも見える。
徒歩

山王神社
西宮北有料道路(盤滝トンネル)を抜けるとすぐ船坂交差点。
船坂の氏神さま。創建は明らかでないが、文明年間(1469~87)以前とされている。安土桃山時代、信長の中国攻めを担った豊臣秀吉は三木城攻略の兵を進め、山王神社は、その時の兵火で消失した。現在の神社は江戸時代に再建されたもの。
船坂の氏神さま。創建は明らかでないが、文明年間(1469~87)以前とされている。安土桃山時代、信長の中国攻めを担った豊臣秀吉は三木城攻略の兵を進め、山王神社は、その時の兵火で消失した。現在の神社は江戸時代に再建されたもの。
徒歩
かやぶき屋根のある風景
山王神社の脇を北に抜ける小道を挟んで昔ながらの集落が続いている。このやや下り坂の道の左右に今は懐かしい藁葺き屋根の民家が残っている。
徒歩
船坂小学校
明治6年2月1日に善照寺本堂を仮校舎として開校した。船坂小学校は西宮市で二番目に古い
歴史のある小学校。 校庭の北側には市の保護樹木に指定されている高さ20mの見事なクスがそびえている。山に抱かれるように立つ学校も、2010年3月で歴史の幕が下ろされる。
歴史のある小学校。 校庭の北側には市の保護樹木に指定されている高さ20mの見事なクスがそびえている。山に抱かれるように立つ学校も、2010年3月で歴史の幕が下ろされる。
ちょっと足をのばして蓬莱峡(舟坂橋バス停で、宝塚行き阪急バスに乗り換えると楽チン。但し、バスの本数はそう多くはない。)
先史時代に六甲山の隆起圧力がもたらした六甲断層が、宝塚から船坂にかけて渓谷を形成した。太多田川が侵食した断層が露岩群を造りだし天下の景勝地を生み出した。かつては、黒沢監督の映画「隠し砦の三悪人」のロケ地となったところ。
先史時代に六甲山の隆起圧力がもたらした六甲断層が、宝塚から船坂にかけて渓谷を形成した。太多田川が侵食した断層が露岩群を造りだし天下の景勝地を生み出した。かつては、黒沢監督の映画「隠し砦の三悪人」のロケ地となったところ。
バス
金仙寺湖(金仙寺湖バス停)
昭和52年(1977年)に船坂川の流れをせき止めて丸山ダムが作られた。このダムによって出来た丸山貯水池(金仙寺湖)は、甲山の下の北山ダムの2倍の大きさで、北部の水がめの役目を果たしている。春には、さくらの名所でもある。
徒歩
有馬川緑道(金仙寺口・上山口・山口センター前・下山口の各バス停)
旧国鉄の有馬線(三田⇔有馬)の廃線跡が、1996年(震災の翌年)に整備され「有馬川緑道」となった。有馬川沿いにきれいに整備された緑道は地域の方々の散歩道・憩いの場となっている。さくらの時期はお花見の名所でもあり、5月下旬から6月にかけてはホタルも見られる。
徒歩
明徳寺(上山口バス停)
貞享3年(1686)に火災で焼失しために創立年も、開基も不詳だが、慶長19年(1615)教如上人から「明徳寺」の寺額を受けたと言う由緒ある浄土真宗の寺院で、江戸時代には山口地区の総道場であった。
本尊の阿弥陀如来立像は快慶の作と伝えられ、元国宝、現在は国指定重要文化財。この像は元、上山口村の永蓮寺にあったが、寺が兵火で焼失して、当寺に移転・安置されたと伝えられている。本堂南側の境内には夜泣き地蔵が祀られている。
本尊の阿弥陀如来立像は快慶の作と伝えられ、元国宝、現在は国指定重要文化財。この像は元、上山口村の永蓮寺にあったが、寺が兵火で焼失して、当寺に移転・安置されたと伝えられている。本堂南側の境内には夜泣き地蔵が祀られている。
徒歩
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山口郷土資料館(徳風会館)(下山口バス停)
所在地:西宮市山口町上山口2丁目11-27
開館時間:午前10時~午後4時(土日祝日は休館)
電話:078-904-3451
「山口の歩み」「技と匠」「祭り」「徳風会館の生い立ち」の4部構成になっている。
開館時間:午前10時~午後4時(土日祝日は休館)
電話:078-904-3451
「山口の歩み」「技と匠」「祭り」「徳風会館の生い立ち」の4部構成になっている。
徒歩

公智神社(下山口バス停)
西宮市下山口3丁目14-30 TEL.078-904-2251
http://kuchijinja.jp/
平安時代の『延喜式』にも出てくる公智神社は代々山口の氏神であった。
祭神 木材の神といわれる久々能智の神(くくちのみこ)
◇由緒 創立年月は不詳 大永年間(西暦1520年代)再建
◇敷地 約1,730坪
旧・神輿殿は室町時代の建物で、市の指定文化財。
毎年10月10日の最も重要な祭りである例祭(秋祭り)の7台の山車の宮入りは圧巻。山口の旧5地区(名来、下山口、上山口、中野、金仙寺)から7台の山車(だし)が出る。
◇境内は、シイやウラジロガシなどの大木が多く「公智神社社叢」として、市の天然記念物に指定。
http://kuchijinja.jp/
平安時代の『延喜式』にも出てくる公智神社は代々山口の氏神であった。
祭神 木材の神といわれる久々能智の神(くくちのみこ)
◇由緒 創立年月は不詳 大永年間(西暦1520年代)再建
◇敷地 約1,730坪
旧・神輿殿は室町時代の建物で、市の指定文化財。
毎年10月10日の最も重要な祭りである例祭(秋祭り)の7台の山車の宮入りは圧巻。山口の旧5地区(名来、下山口、上山口、中野、金仙寺)から7台の山車(だし)が出る。
◇境内は、シイやウラジロガシなどの大木が多く「公智神社社叢」として、市の天然記念物に指定。
こんな所も見どころ
◆ 銭塚地蔵(山口町下山口5丁目)
戦国時代、この地方を支配していた山口五郎左衛門時角は織田信長の武将たちの手によって滅亡の運命をたどった。その際、夫人がひそかにここに身を隠し二人の遺児を厳しく育てた。
ある時、垣根を修繕しようと掘った穴から銭が出てきたが、母の戒めでそれを埋め戻し、その後母の教えを堅く守って立身出世し子どもが、銭を埋めた場所に地蔵さんを祀り、銭塚地蔵尊と名付けて供養したと伝えられている。
ある時、垣根を修繕しようと掘った穴から銭が出てきたが、母の戒めでそれを埋め戻し、その後母の教えを堅く守って立身出世し子どもが、銭を埋めた場所に地蔵さんを祀り、銭塚地蔵尊と名付けて供養したと伝えられている。
◆ 山口の大ケヤキ(山口町下山口3丁目(新明治橋の左手))
樹齢約250年と言われているケヤキ。
高さが20m、胸高直径1.1mあり下から見上げると迫力があるが、根元は民家の中。
市の天然記念物。
高さが20m、胸高直径1.1mあり下から見上げると迫力があるが、根元は民家の中。
市の天然記念物。
◆ 丸山城址
378メートルの丸山は有馬富士とも呼ばれている。
頂近くにある神社は19世紀中ごろに、京都の伏見稲荷大社から分霊されたといわれる丸山稲荷神社。
山頂からは金仙寺湖をはじめ山口町一円が望める。この山は、かつてこの地方を治めた山口氏の居城跡とも伝えられている。
頂近くにある神社は19世紀中ごろに、京都の伏見稲荷大社から分霊されたといわれる丸山稲荷神社。
山頂からは金仙寺湖をはじめ山口町一円が望める。この山は、かつてこの地方を治めた山口氏の居城跡とも伝えられている。









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